てきとうなさいと べぇたばん

当たり前はルールにするべき

当たり前、暗黙の了解

当たり前というのは、何も言わなくても人が知っているべきことをいうと思う。

当たり前を知らないとき

当たり前が暗黙の了解となって集団で共有されているときは、余計なコミュニケーションが必要ないので、こういう集団は生産性が高い。

しかし、例えばその集団に新人が入ってきたとかで、その暗黙の了解が通用しない人間がやってきた時には、その通用しない人に対して暗黙の了解を理解させる必要がある。逆にこれはコストが高く付く。暗黙の了解となった当たり前は、数値や言葉に変換しづらいため、伝えるノウハウが見つからないから。

また、暗黙の了解が個人間で微妙にずれていて、各個人が出力する情報の書式が揃わない時がある。これは結構危険な徴候だと思っていて、情報に統一性が無いということだから、せっかく出力した情報が意味が無いものに成り下がってしまうということになりかねない。

そうなったときにどうしよう

そして、そうなったときに、どうすればいいのか。実はよくわかっていなくて、とりあえずルールにしてしまえばいいんじゃね?と考えている。

その理由としては、以下。

  • ルールとして定義すれば、作業する人の練度や経験に基づく部分を排除できるので、誰でも作業できる
  • ルールとして定義したデータは、プログラムなどで整形・加工がやりやすくなる

ただし、なんでもかんでもルールにすると、ルールとして定義されていない箇所の作業ができなくなる。かといって、その都度ルールを定義すると、時間ばかりが取られてなんにもできなくなってしまう。

うーん、よくわからない

作業には暗黙の了解を出来る限り排除したほうがいいのか、それとも全部ルールとして定義するべきなのか。これは僕の課題。