てきとうなさいと べぇたばん

飛ぶ鳥を落とす勢いという言葉があるが、「飛ぶ鳥を落とす」ことと、「勢い」に何の関係があるのか

鳥を落とした数と勢いのグラフ。この図に相関性はあるのだろうか?

飛ぶ鳥を落とす勢い

飛ぶ鳥を落とす勢いとは、威勢・権勢がきわめて盛んなことを言うらしい。

飛ぶ鳥を落とす -> 勢い?

「勢い」があると、「飛ぶ鳥を落とす」のだろうか?逆に、「飛ぶ鳥を落とす」と「勢いがある」のか?この2者に、相関性が無いと思うのだけれど。

飛ぶ鳥を落とすには勢いが必要なのか

飛ぶ鳥を落とすのに必要な技術があったとしても、それらをすべて差し置いて「勢い」という言葉で片付けてしまうと、「勢い」があったから「飛ぶ鳥を落とす」と勘違いしてしまうのではないだろうか。

飛ぶ鳥を落とすことができなかったら「勢い」がないということになる。果たして「飛ぶ鳥を落とす」ための「勢い」というものは何なのだろうか?

「勢いがある」という言葉で片付けることは危険だ

飛ぶ鳥を落とすことができたことを、「勢い」があるかないかで判断すると、飛ぶ鳥を落とすことができなくなった時に困ってしまう。「勢い」なんて飛ぶ鳥を落とすこととはそもそも関係ないはずで、それができた理由は別にあるはず。

そうならないようにするためには、飛ぶ鳥を落とすことに成功した時の「勢い」とは一体何なのかということを考える必要があるのではないだろうか?

間違った成功体験に踊らされることはよくあることだ。成功した時も失敗した時も「勢い」とか簡単な言葉で済ませずに、真実を突き止め続けることが必要ではないのだろうか。

参考

http://kotowaza-allguide.com/to/tobutoriwootosu.html