てきとうなさいと べぇたばん

賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶというが、「歴史」と「経験」の違いとは何なのか

賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ

良く聞くフレーズだが、わからないことがある。「歴史」と「経験」の違いはどこにあるのだろう。「歴史」も「経験」も、解釈のしようによっては同じ意味なのではないか。

元ネタは何だろう

とりあえずググってみると、オットー・フォン・ビスマルクの言葉とのこと。知らなかった。

厳密には、以下の言葉。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。

では、歴史とは何なのか

直訳を覗くと、具体的に「歴史」について分かる。

愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。私はむしろ、最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶのを好む。

他人の経験から学ぶことを歴史といっているように見える。また、自分の誤りを避けるためとあるので、この他人の経験とは失敗談であるとも見える。他人が起こした失敗を自分のことのように感じ、自分ならばどう動くのかを考えて動けるようになれたほうが良いということかなと。

そういえば、リファクタリング・ウェットウェアを読んでいても、他人の経験から学ぶことができるようになることについての記述があったことを思い出した。

読みなおしてみると、「ドレイファスモデル」の「熟練者」の欄にあった。

他人の経験から学ぶことが出来ます。熟練者としてケーススタディを読み、失敗したプロジェクトの噂話を聞き、ほかの人たちの行いを見ることにより、自らが直接の参加者でないにも関わらず、話を聞くだけでそこから効果的に学ぶことできます。

※「熟練者」には、他人の経験の他に、自分の経験からも修正して改善できるともある。

少なくとも、他人の振る舞いから何かを学び、その何かを自分に活かす。これが大事であるということであり、それが賢者が学ぶことと解釈すれば良いのだろうか。

リファクタリング・ウェットウェアには、その「熟練者」さらなる上の「達人」になるためのヒントがたくさんある。また読みなおしてみようかなと思った。